隠岐神社(島根県隠岐郡海士町)

曖昧な記憶で参拝を振り返る

平成30年(2018年)の冬は、仕事の都合で何度か島根県の隠岐の島へ通いましたが、最初の渡航記です。

前日に境港のビジネスホテルで一泊し、朝9時のフェリーで隠岐へ。

観光シーズンから外れた真冬の渡航だったため、乗客はほぼ私のようなサラリーマンと釣り客。

隠岐神社

フェリーしらしま たぶんコレには乗っていない

瀬戸内育ちで普段水平線を見る事がないため、真冬なのに船室を出て水平線を眺める。

隠岐神社

360度の水平線に感動

隠岐の島と言えば島後(隠岐の島町)がメインですが、島後を通り過ぎ中ノ島(海士町)で下船。

隠岐神社

「ないものはない」という、潔いキャッチコピー

海士町で仕事を終わらせ民宿で一泊。

夕食に隠岐牛を出して頂いたのですが、隠岐牛が高級肉である事を知らず薄いリアクションを取っていたら、宿の人が残念そうにしていました。その節は誠に申し訳ありません。

隠岐神社

隠岐牛 宿代から考えると破格の扱いなんだと後で知る

翌日はフェリーで島後に移動するのですが、フェリーの時間まで余裕があるので隠岐神社へお参りする事に。

隠岐神社と言えば承久の乱で島流しになった後鳥羽上皇を祀る神社です。本殿へ続く参道は非常に長く、広々とした境内でした。

隠岐の島に行ってみて思いましたが、よくあんな時代に険しい海を渡って本土から隠岐まで移動できたもんだなと感心しました。

隠岐神社

隠岐神社 当日は生憎の雨でした

御朱印も頂いて帰ろうと思ったのですが、社務所に行くと神職はご不在、、、残念。

まだまだ時間に余裕があったので、隠岐神社の向いにある「後鳥羽院資料館」を訪れてみる事にしました。

隠岐神社

後鳥羽院資料館

観光シーズンでは無いため、訪問客は誰もおらず私1人。

1人なのに、施設の方がマンツーマンで展示資料の説明をして下さいました。誠にありがたい。

以下、施設の方とのやり取り。

施「隠岐神社はもう行かれましたか?」

私「参拝は済ませましたが、神職がご不在で御朱印が頂けませんでした。」

施「それなら神社に電話しておきますので、また後で行ってみて下さい。」

有難い事に、施設の方のお取り計らいで、御朱印を頂く事ができました。

資料館を出た後は歩いて港まで移動し(暇だったので、途中で用も無にのに海士町役場へ立ち寄る)、その後島後まで移動しました。

隠岐神社の御由緒

御祭神は後鳥羽上皇(法皇)。朝廷の権力を取り戻すため、鎌倉幕府を打倒を目指し挙兵しましたが敗北してしまい(承久の乱)、隠岐に島流しに処され、隠岐で崩御されました。

御遺骨は源福寺に納められたそうで、源福寺があった地は現在「御火葬塚」とされています(御遺骨は後に京都の大原御陵に改葬されています)。

現在の社殿は、後鳥羽法皇の崩御から700年にあたる昭和14年(1939年)に「紀元二千六百年記念行事」の一つとして創建されました。

隠岐の伝統行事「牛突き」は、島流しに合った後鳥羽上皇を慰めるため始めた、とも言われています。

隠岐神社の御朱印

隠岐神社の御朱印

隠岐神社の御朱印

隠岐神社の概要

神社名
隠岐神社
主な御祭神
後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)
鎮座地
島根県隠岐郡海士町海士1784
駐車場の有無
不明(徒歩で参拝したため)
御朱印を頂ける場所
同敷地内社務所
参拝日
平成30年1月17日
地図