【神社巡り】松江神社(島根県松江市)
目次
曖昧な記憶で参拝を振り返る
旅行で島根県松江市を訪れた際に参拝。
前日に賣布神社を参拝していますが、その翌日のお話です。
訪れたのは国宝「松江城」。慶長16年(1611年)に築城された天守が現存しており、現存12天守の中では平面規模で2番目、高さで3番目の規模とのことです。
松江開府の祖「堀尾吉晴公」の像
松江城のある「松江城山公園」内の二の丸には「松江神社(まつえじんじゃ)」が鎮座していますので、天守を観光する前に参拝しました。
「松江神社」は初代松江藩主の「松平直政公(まつだいらなおまさこう)」をはじめ、松江松平家あるいは松江藩にゆかりのある人々が神様として祀られています。
松江神社の拝殿
時期はまだコロナウイルスの影響はありましたが、重症度も下がったこともあり多くの観光客が訪れていました。
新型コロナも少し落ち着いてきました
境内社の福徳稲荷神社
「松江神社」では、松江城が国宝に指定される決め手の一つとなった「祈祷札」が発見されたそうです。
参拝の後、御朱印を頂いて松江城に向かいます。
国宝:松江城天守
江戸期に築城された天守が現存しているので、当時の意匠を見ることができます(それだけに階段が急)。
地上5階、地下1階の構造で、最上階からは360度の展望が広がります。
天守最上階から宍道湖をはじめ松江市街が一望できます
なお、松江城山公園内には、松江神社以外にも「松江護国神社(まつえごこくじんじゃ)」や「城山稲荷神社(じょうざんいなりじんじゃ)」が鎮座していますが、あくまでも今回は松江城観光がメインでしたのでこちらの2社には参拝していません。
松江神社の御由緒
松江神社は、松江城山二の丸にある「興雲閣」という明治時代に建てられた洋館の隣に鎮座しています。
松江神社の創建は明治10年(1877年)、松江の有志によって松江松平家の初代藩主「松平直政公(まつだいらなおまさこう)」を御祭神として現在の松江市西河津町に「楽山神社」として創建されました。
明治31年(1898年)、現在の松江市西尾町にあった東照宮の御神霊を合祀し、翌年現在地に遷座。この時に社名を「松江神社」と改めました。
昭和6年(1931年)、松江藩中興の祖「松平治郷公(まつだいらはるさとこう)」と松江開府の祖「堀尾吉晴公(ほりおよしはるこう)」の御神霊を配祀し、現在に至ります。
松江神社では、松江城天守が国宝になる決め手となった祈祷札が発見されています。
国宝に指定されるには松江城が築城された年代が特定される必要があるのですが、この祈祷札に書かれた「慶長十六」や「正月吉祥日」の文字により、天守が慶長16年(1611年)に築城された事が確定されたそうです。
松江神社の御朱印
松江神社の御朱印
境内社:福徳稲荷神社の御朱印
松江神社の概要
- 神社名
- 松江神社
- 主な御祭神
主祭神松平直政公(まつだいらなおまさこう)松江松平家の初代藩主で、徳川家康公の孫にあたる
合祀神徳川家康公(とくがわいえやすこう)朝酌村(現在の松江市西尾町)にあった東照宮の御神霊を合祀
配祀神松平治郷公(まつだいらはるさとこう)松平家七代藩主で、松江藩中興の祖とされる
堀尾吉晴公(ほりおよしはるこう)松江開府の祖で、現在の松江市の礎を築く
- 社格等
- 主な摂末社
- 福徳稲荷神社
- 鎮座地
- 島根県松江市殿町1番
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- 御朱印を頂ける場所
- 同敷地内社務所
- 参拝日
- 令和4年11月21日
- 地図