気多大社(石川県羽咋市)

曖昧な記憶で参拝を振り返る

平成30年11月、金沢・輪島方面へ旅行をしました。

輪島の朝市で重蔵神社 産屋を参拝していますが、その後の話です。

朝市へ行った後、金沢市街を経由して山代温泉が目的地となるのですが、せっかく石川県まで来ているので有名な神社に参拝してみたいと思い、途中「気多大社」へ寄り道しました。

とは言え、この旅行の中で神社・御朱印に興味があるのは私1人のため、他のメンバーは駐車場で車内待機。

そのため、あっさり参拝してあっさり御朱印を頂いて戻っています。
(なのであまり記憶が無いのです)

気多大社

気多大社の鳥居周辺

御朱印を頂く際に「氣」と書かれた縁起物の紙も一緒に頂いています。

気多大社境内には「入らずの森」という禁足地があります。

ここには1万坪の手つかずの自然林が残っており、神域として普段は立ち入りが禁止されています。

「入らずの森」には奥宮がありますが、宮司・神職も年1回の神事の際は目かくしをして入るそうです。

現在は12月~2月頃までは「入らずの森詣」として部分的に公開されているそうです。

気多大社 気多大社

参拝の後は山代温泉まで移動。

写真は山代温泉の古総湯(明治時代の総湯を復元した共同浴場)です。

気多大社

山代温泉古総湯

気多大社の御由緒

創建年は不明。

御祭神の大己貴命が出雲から舟で能登に入り、国土を開発したのち守護神としてこの地に鎮まったとされます。

「万葉集」には天平20年(748年)に大友家持が気多大社を参拝し、その時に詠んだ「之乎路から直超え来れば羽咋の海 朝凪ぎしたり船楫もがも」という歌が残されており、その頃から当時既に大きな神威を持つ神社であったことが分かります。

安土桃山~江戸時代にかけては、前田利家や歴代藩主の崇敬の対象となり、社領の寄進や社殿の造営を受けていました。

本殿は天明7年(1787年)、拝殿は承応2年(1653年)の造営、神門は安土桃山時代の造営とされています。

聖域「入らずの森」は加賀藩の保護を受け、現在は国の天然記念物に指定されています。

大己貴命は大国主命でもあるので、出雲大社同様に縁結びの神様として、また「利家とまつ」が崇敬した神社として、多くの参拝客が訪れています。

気多大社の御朱印

気多大社の御朱印

気多大社の御朱印

気多大社の概要

神社名
気多大社
主な御祭神
大己貴命(おおなむちのみこと)
鎮座地
石川県羽咋市寺家町ク1−1
駐車場の有無
有(無料)
御朱印を頂ける場所
同敷地内社務所
参拝日
平成30年11月23日
地図