福岡縣護國神社(福岡県福岡市中央区)

曖昧な記憶で参拝を振り返る

仕事で福岡県福岡市を訪れた際に参拝。

櫛田神社を参拝した後、次の仕事の目的地へ向かうため西へ移動(あんまり覚えていないけど城南区別府とかあのあたりだったと思う)。

国道202号を進んでいると右手に鳥居が見え、時間に余裕があったので寄り道してみることにしました。

急遽思い立ったので駐車場が分からずコインパーキングに停めましたが、手前の交差点(赤坂3丁目)を「国体道路」方面に進んだら神社の駐車場があるようです。

周囲は鎮守の杜に囲まれ、境内の外側からだと社殿などは見えませんでした。

こちらの神社は「福岡縣護國神社」とのことで、境内はものすごく広々としていて、開放的な雰囲気でした(隣接する大濠公園や舞鶴公園を含めると約46,000ヘクタールもあるそうです)。

福岡縣護國神社神社

福岡縣護國神社

後で知りましたが神社の北側には福岡城址もあります。

福岡縣護國神社神社

福岡縣護國神社の拝殿

参拝の後、御朱印を頂きました。

私は国体道路側から参拝しなかったので見ていないのですが、国体道路側にある大鳥居は高さ13m、直径160cmの「日本一の原木大鳥居」とのことです。

福岡縣護國神社の御由緒

明治元年(1868年)、明治維新の際の戊辰戦争で殉じた人々を顕彰するため、福岡藩主の黒田長知公などが「妙見招魂社(堅粕村)」「馬出招魂社(馬出村)」を設立し祭祀を行ったのが起源です。

明治39年(1906年)、「馬出招魂社」と「妙見招魂社」を合祀して「妙見馬出招魂社」としました。

昭和14年(1939年)、「招魂社を護国神社に改称する」という内務省令によって「福岡護國神社」に改称しました。

昭和18年(1943年)、練兵場跡のあった現在地に遷座し、福岡県内にあった他の4つの護国神社を統合して「福岡縣護國神社」に改称しました。

昭和20年(1945年)の福岡大空襲により社殿など全てを焼失しますが、昭和38年(1963年)に社殿を再建。

太平洋戦争後の占領下では「護国神社」という名称は軍国主義施設とみなされるため「正中宮」と改称しましたが、日本の主権回復後の昭和32年(1957年)、福岡縣護國神社に復称しました。

福岡縣護國神社の御朱印

福岡縣護國神社の御朱印

福岡縣護國神社の御朱印

福岡縣護國神社の概要

神社名
福岡縣護國神社
主な御祭神
明治維新から大東亜戦争に至るまでの約13万柱のご英霊
社格等
現在の分類
神社本庁(別表神社)
その他分類
内務大臣指定護国神社
主な境内社
掘出稲荷神社
鎮座地
福岡県福岡市中央区六本松1-1-1
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駐車場の有無
祈願者は2時間まで無料になる駐車場があります
御朱印を頂ける場所
同敷地内社務所
参拝日
平成30年8月21日
地図