【神社巡り】大阪城豊國神社(大阪府大阪市中央区)
目次
曖昧な記憶で参拝を振り返る
仕事で大阪に出張に行った際に参拝。
大阪城豊国神社は大阪城公園内にある神社ですが、写真も残っていないし大阪城には何度か行った事があるので、あまり記憶がありません。
覚えているのは神社境内の中央に豊臣秀吉公の銅像があったことぐらいです。
当時は神社の写真を撮る事については熱心ではなかったので、仕方ないと言えば仕方ない。
どうやら当時の私の行動は、恐らく3月19日:夜に大阪入り(車移動)。3月20日:大阪で仕事。3月21日:京都で仕事。3月22日(当日):広島に帰る前に参拝、のような動きみたいです。
参拝の後、御朱印を頂いて帰りました。
大阪城の写真は辛うじて残っていたので、神社ではありませんが載せておきます。
大阪城の話題といえば、格闘家:前田日明氏が子供時代に見た「ウルトラマン」でゴモラが大阪城を壊したので翌日大阪城が壊れているか見に行った、というくだりを思い出します。
公園で掃除しているおじさんは前田少年に「壊れた大阪城を徹夜で直した」と言ったらしい
大阪城豊國神社の御由緒
御祭神は「豊臣秀吉公(とよとみひでよしこう)」「豊臣秀頼公(とよとみひでよりこう)」「豊臣秀長卿(とよとみひでながきょう)」。
明治元年(1868年)、明治天皇により豊臣秀吉公を祀るよう御沙汰があったため、明治6年(1873年)に社殿(京都豊国神社)を京都に造営しました。
その後、明治13年(1880年)、現在の大阪府北区中之島に京都豊国神社の大阪別社が創建されました。
昭和36年(1961年)に大阪城公園内の現在地に移転されています。
余談ですが、大阪城はもともと浄土真宗の寺院「石山本願寺」のあった場所に築城されています。
大阪城豊國神社の御朱印
大阪城豊國神社の御朱印
大阪城豊國神社の概要
- 神社名
- 大阪城豊國神社
- 主な御祭神
豊臣秀吉公(とよとみひでよしこう)戦国~安土桃山時代にかけて天下統一を果たした戦国大名。関白や太政大臣などの官位に就く 豊臣秀頼公(とよとみひでよりこう)豊臣秀吉公の三男で、秀吉の後継者。大阪夏の陣に敗れ自刃する 豊臣秀長卿(とよとみひでながきょう)豊臣秀吉の弟。内政や軍事などで秀吉を支え、天下統一に貢献。大納言の官位に就く
- 社格等
- 主な摂末社
- 若永神社
白玉神社
七夕神社
玉春神社
玉繋神社
- 鎮座地
- 大阪府大阪市中央区大阪城2−1
- GoogleMapで開く
- 御朱印を頂ける場所
- 同敷地内社務所
- 参拝日
- 平成28年3月22日
- 地図
駐車場について
大阪城公園の有料駐車場を利用しました。