土佐神社(高知県高知市)

曖昧な記憶で参拝を振り返る

仕事で高知県高知市を訪れた際に参拝。

細かな事は覚えていませんが、たしか高知市のそれなりに山を登ったあたりで仕事をしたような記憶があり、地図を見るとおそらく「久礼野」あたりではないかと思います。

仕事の内容も、たしかちょっとしたトラブルの対応だったと思うのですが、トラブルが解決すると仕事も終わりなので、比較的時間に余裕がありました。

余裕があるので帰りに神社を参拝することにしたのですが、なぜ「土佐神社」を選んだのかは覚えていません。

たぶん山の方からいったん南へ下って高知ICに入るので、内陸部の方が都合が良かったのだと思います。

土佐神社は土佐国の一宮とされていたそうで、鳥居の扁額にも「土佐一ノ宮」と書かれていました。

土佐神社

土佐神社の鳥居と社号標

龍馬伝のロケも行われたそうです。私も見てました龍馬伝!

長州藩士「三吉慎三」こと筧利夫が、寺田屋で捕り方と大立ち回りをする回は非常に格好良かったです(土佐藩関係ない)。

土佐神社 土佐神社

やはり高知の神社、長宗我部元親とゆかりと深いようです。

土佐神社

土佐神社の拝殿。社殿は「入蜻蛉式」という建築様式です

参拝の後、御朱印を頂いて広島まで帰りました。

土佐神社の御由緒

創建の起源は不明。「日本書紀」の天武天皇4年(675年)条に土佐神社の記載が見られるようです。

境内の東北にある礫石(つぶていし)を磐座として祭祀したものと考えられており、古代から祀られていた古社のようです。

皇室の崇敬も厚く、鎌倉時代には土佐国総鎮守一宮とされました。

永禄6年(1563年)、戦火によって社殿が焼失してしまいますが、元亀元年(1570年)に長宗我部元親によって再興造営されています。

長宗我部元親は戦勝後の凱旋報告の際は土佐神社を参拝しています(「若宮八幡宮」では戦勝祈願を行っています)。

現在では神社本庁の別表神社とされています。

社殿は「入蜻蛉式」という建築様式で、本殿を頭、拝殿を尾として蜻蛉(とんぼ)が飛び込む形を表しています(「若宮八幡宮」の社殿は「出蜻蛉式」という建築様式になっています)。

社殿・楼門・鼓楼は国の重要文化財に指定されています。

御祭神の「味鋤高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)」は大国主神の御子で、都佐(土佐国東部)国造の祖神とされ、国土開拓や農工商あらゆる産業の繁栄の神様であることが伝えられています。

「一言主神(ひとことぬしのかみ)」は和合協調の神として一言で物事が解決される託宣の神とされています。

土佐神社の御朱印

土佐神社の御朱印

土佐神社の御朱印

土佐神社の概要

神社名
土佐神社
主な御祭神
味鋤高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)
一言主神(ひとことぬしのかみ)
社格
古代社格 - 式内社(大社)
中世社格 - 土佐国一宮
近代社格 - 国幣中社
現在の分類- 神社本庁(別表神社)
神階
正一位
主な境内社
西御前社
大国主神社
事代主神社
秋葉神社
厳島神社
神明宮
瀧宮
東天神社
鎮座地
高知県高知市一宮しなね2丁目16-1
駐車場の有無
有(無料)
御朱印を頂ける場所
同敷地内社務所
参拝日
平成30年7月19日
地図