日前神宮・國懸神宮(和歌山県和歌山市)

目次

曖昧な記憶で参拝を振り返る

仕事で和歌山県和歌山市を訪れた際に参拝。

2022年12月28日から翌1月1日にかけて和歌山に出張しましたので、その間に参拝した神社を紹介したいと思います。

和歌山を訪れる事はそうそう無いので、仕事の合間を縫ってどこか神社を参拝したいなと考えていました。

車移動ではなかったため移動手段に限りがありましたので、公共交通機関で参拝できる神社の中から「日前神宮・國懸神宮(ひのくまじんぐう・くにかかすじんぐう)」を参拝する事にしました。

JR和歌山駅から徒歩約20分の距離にあり、こちらの神社は一つの境内に二社の神宮が鎮座する全国的にも珍しい神社です。

日前神宮・國懸神宮

神域内は写真撮影が禁止されているため、外からの写真のみでの紹介となります。

鳥居をくぐって進むと鎮守の杜が広がっており、つきあたりの左手に「日前神宮」右手に「國懸神宮」がそれぞれ鎮座しています。

日前神宮・國懸神宮

「日本書紀」では、三種の神器の一つ「八咫鏡(やたのかがみ)」が造られた際、それに先立って「日像鏡(ひがたのかがみ)」と「日矛鏡(ひぼこのかがみ)」の二つの鏡が作られたと言われており、この二つの鏡が「日前神宮・國懸神宮」の御神体として奉祀されています。

日前神宮・國懸神宮

私が参拝したのが午前8時前だったのですが、それゆえ参拝客がほとんどいなかったので、鎮守の杜にいる鳥の鳴き声しか聞こえず非常に引き締まった雰囲気でした。

それぞれ参拝し、御朱印を頂きました。

1月1日に広島に戻る際に神社の横を通りましたが、初詣用の臨時駐車場が用意されていましたので、初詣参拝客の多い神社だと予測されます。

日前神宮・國懸神宮

神社の写真が撮れなかったので代わりに和歌山ラーメン

日前神宮・國懸神宮の御由緒

創建は約2600年前と言われている、最も古い歴史のある神社の一つと言われています。

「日本書紀」の中で、「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」が天岩戸にお隠れになった際、「石凝姥命(いしこりどめのみこと)」が「天香山(あめのかぐやま)」から採取した銅で「八咫鏡(やたのかがみ)」を鋳造しています。

この時、八咫鏡に先立って二体の鏡が鋳造されており、「日像鏡(ひがたのかがみ)」が「日前神宮」に、「日矛鏡(ひぼこのかがみ)」が「國懸神宮」に奉祀されたと記されているそうです。

神武天皇東征の後、「天道根命(あめのみちねのみこと)」が紀伊國造に任命され、二つの鏡を御神体として奉祀されたのが両神宮の起源とされています。

創建当初は名草郡毛見郷浜宮に鎮座していましたが、垂仁天皇16年に現在地に遷座したと伝えられています。

二つの鏡は三種の神器に次ぐ宝鏡とされていたため、祭祀には天皇から幣帛(捧げ物)がささげられ、また、朝廷から神階を贈られない別格の神社として尊崇されていました(ほかに神階が贈られていないのは「伊勢神宮」のみ)。

戦国時代に豊臣秀吉の天正の兵乱により社領が没収・社殿が取り壊され荒廃してしまいますが、江戸時代になると紀州藩の初代藩主である徳川頼宣によって社殿が再興されました。

明治時代に入ると官幣大社に列格され、その後、大正15年(1926年)の工事により現在の姿となっています。

「天道根命」は紀氏の始祖とされ、両神宮は紀氏の子孫によって奉祀されて来たそうです(日本史の授業でも名前が出ている紀貫之(「土佐日記」の作者)や紀友則(平安時代の歌人)は紀氏の子孫に当たるそうです)。

御祭神について

御祭神である「日前大神(ひのくまのおおかみ)」「國懸大神(くにかかすのおおかみ)」は、それぞれ「天照陽乃大神(天照大神)」の別名とされています(諸説あるそうです)。

日前神宮・國懸神宮の御朱印

日前神宮・國懸神宮の御朱印

日前神宮・國懸神宮の御朱印

日前神宮・國懸神宮の概要

神社名
日前神宮・國懸神宮
主な御祭神
【日前神宮】
日前大神(ひのくまのおおかみ)
思兼命(おもいかねのみこと)
石凝姥命(いしこりどめのみこと)

【國懸神宮】
國懸大神(くにかかすのおおかみ)
玉祖命(たまのやのみこと)
明立天御影命(あけたつあめのみかげのみこと)
鈿女命(うづめのみこと)
社格等
古代社格 
式内社(名神大社)
中世社格 
紀伊国一宮
近代社格 
官幣大社
主な境内社
天道根神社
中言神社
鎮座地
和歌山県和歌山市秋月365
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御朱印を頂ける場所
同敷地内社務所
参拝日
令和4年12月30日
地図

駐車場について

参拝者用の無料駐車場があります(初詣の際は臨時の駐車場が用意されるようです)。